文芸部文学散歩 「吉祥寺・三鷹をたずねて」

2024.12.26

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文芸部の今年度二回目の文学散歩は、「吉祥寺・三鷹をたずねて」と題し、井の頭恩賜公園から三鷹駅を散策しました。

文学散歩のメインは、三鷹周辺で過ごした太宰治ゆかりの地をめぐることです。文芸部には太宰治ファンの部員がおり、どうせならと、「走れメロス」の文学的解釈を部活で行い、新たな読みの可能性を提示してから文学散歩に臨みました。

太宰の足跡を訪ねることが目的ですが、それで終わらせるには吉祥寺、三鷹はもったいないところです。近年では吉祥寺はサブカルチャーの聖地となっていますが、戦前より多くの文学者が共住する地でもありました。そのため、井の頭恩賜公園を起点に、『七つの子』を作詞した野口雨情、『めだかの学校』を作曲した中田喜直、『赤とんぼ』を作詞した三木露風らの碑もめぐりつつ、太宰が住んだ三鷹駅に向かいます。井の頭恩賜公園内の井の頭自然文化園には、野口雨情の書斎を移築した童心居や、北村西望が制作した長崎市の「平和祈念像」のレプリカなど見どころが多いのですが、時間の関係上、またの機会としました。

井の頭恩賜公園をめぐった後は、太宰が『乞食学生』で「この土地の人は、この川を、人喰い川と呼んで、恐怖している」と述べた玉川上水の流れを確認し、入水した太宰が引き上げられた玉川上水の新橋から入水場所へと、逆をたどるように移動しました。太宰一家が通っていた銭湯、太宰の旧居跡、太宰が敬愛していた森鷗外の墓と、その対面にある太宰の墓。そして、三鷹駅周辺にある、いくつもの太宰の仕事場を訪れ、最後には太宰の愛人である山崎富栄の下宿跡から、太宰と富栄がそうであったように、玉川上水の入水場所に向かい、思いをはせました。

途中、太宰治文学サロンにお邪魔したのですが、9名という大所帯にもかかわらず、快く歓迎していただきました。また、サロンには文学研究家の野松循子先生が折良くいらっしゃいました。野松先生は『「文学」その道標』を今年五月に上梓され、作品中で『富岳百景』の味わい方を説明されており、太宰について生徒と気さくに話していただきました。部員にはいい刺激となり、よい思い出になったことと思います。

文学サロンではボランティアの方からの説明もあり色々と学べたのですが、一番の学びは山崎富栄との関係だったかもしれません。山崎富栄は、高等女学校時代の京華女子中学・高等学校(当時は、京華高等女学校)に入学しており、部員にとっては先輩にあたります。サロンのパネルで初めてそれを知り、驚きを隠せませんでした。

約6㎞に及ぶ道のりでしたが、疲れよりも楽しさと好奇心、探究心がまさり、充実した一日でした。今年度は文学散歩はこれで終わりとなり、次回は来年度を予定しています。

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